日月美術館現在の催し

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第7回 日本の伝統食器展 

    「急須展 ~煎茶を愉しむ~」   

2011年11月6日~2012年10月28日



私たち日本人が普段何気なく飲んでいるお茶。お茶を飲むということは文化の一つにもなっています。今回はお茶を飲むのに必ず使う道具、かつてはキビショなどとも呼ばれていた、急須を集めてみました。
煎茶が日本に伝わったのは江戸時代初期。それまでの抹茶と違い、自由でのびのびとした心で愉しめる煎茶は一般庶民に広まっていきました。明治になると現在の煎茶の製法が完成し、急須はかかせないものとして広く茶の間に普及していきました。
今回は明治から昭和初期にかけて日本各地で作られた個性豊かな急須を約80点紹介します。様々な姿、陶土の異なった質感、絵付けや文様などを通して、茶を愉しみ、急須を愛でる日本人の粋な心をお愉しみ下さい。

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◆ 急 須

急須には横手型・後手型・上手型・泡瓶型があります。一般の中型急須に多いのは横手型で横に手がついたものです。この型は手の取り付け角度が大切で、直角よりも少し小さいくらいが注ぎやすいとされます。後手型は西洋のティーポットによく見られる型です。上手型はいわゆる土瓶型で大型急須に多く見られます。泡瓶型は手がついていないもので宝瓶型ともいいます。
素材としては有田焼や瀬戸焼などの磁器製のもの、美濃焼や萩焼などの陶器製のもの、備前焼や丹波焼などの焼締炻器、その他ガラス製や錫製のものなど、非常に多くの種類が生産されています。なかでも万古焼・常滑焼は朱泥急須・紫泥急須として広く知られています。


◆ 煎茶の歴史

私たち日本人にとってお茶は欠かせないものとなっていますが、日本における煎茶の歴史は、実はそれほど長いものではありません。煎茶の風習が日本に伝わったのは江戸時代初期のことです。その頃のお茶は煎じた茶色のお茶でした。江戸時代中期に京都の永谷宗円によって現代の煎茶の基礎となる宇治製法が開発され、江戸時代後期には一般庶民もお茶を愉しんで飲めるようになりました。
明治になると製茶技術は大変進歩し、煎茶は生糸とあわせて二大輸出産業に発展しました。それ以降、庶民の生活では急須が茶の間に普及し、今ではお茶を飲むということは文化の一つになっています。



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